KIRINJI『Steppin' Out』レビュー

6日にリリースされたKIRINJIのニューアルバム『Steppin' Out』を聞いた。音楽的なバラエティに富んでいながらKIRINJIらしいサウンドは全ての曲においてその基礎をなし、前作『crepuscular』より統一感のある仕上がりになっている。全体として高音域が抑えられ、その結果として例えばスネアは胴鳴りが強調されているが(シャリシャリ感が少なく、ポンポン言う)、おそらくここは好みが分かれる部分だと思う。また、楽曲の個性をシンセサイザーの音色によって引き立てようとする試みは『ネオ』や、もっと遡れば『DODECAGON』から見られるが、本アルバムではシンセサイザーが装飾以上の役割を演じ、より洗練された形で楽曲の本質的な部分を構成している(たとえば、「説得」のシンセベース)。

堀込高樹のボーカルもかなり良くなった。「Runner's High」の高音域の伸びはもちろんだし、「指先ひとつで」の微妙な抑揚の歌い出しはその歌唱自体がこの曲の雰囲気を伝えているといっていい。弟・堀込泰行の脱退によって初めてメインボーカルを務めることになった『11』の頃よりも明らかに向上していて、なにかボーカリストとしての矜持のようなものを感じさせる。

デビュー以来、KIRINJIは個人的なことから社会的なことまで幅広いスケールの物事を楽曲によって表現してきた(と僕は思っている)が、その傾向は本アルバムでも健在である。ソウルフルなサビと懇々と語るようなヴァースのギャップが魅力の「説得」は、インタビュー*1によれば堀込高樹自身が仕事のオファーを受ける際の心境を描いているという。その反面、いわゆる "トー横" にたむろする人々を題材にした 「I ♡ 歌舞伎町」は非常に社会的なテーマを扱った作品で、《アルファルトの上で死にたくはないから/そう、誰よりも早く大人になるしかなかったんだね》という詞はある青少年の陥った不条理な窮状とその辛さを巧みに表現している。

前掲のインタビュー記事によれば、本アルバムは "自分なりに明るいアルバムにしたいなと思って" 制作されたらしいが、僕がアルバムを通して感じたのは明るさというより現代に生きる人々に向けられた思慮深く強靭な優しさである。兄弟時代には難解で皮肉な歌詞を書く兄、と言われがちだった堀込高樹だが、ちょっと丸くなったような気がする。しかし、音楽的な探究の方面では未だアイデアを尽かす気配がない。KIRINJIは新曲が出たら必ず聞く数少ないアーティストの一人なので、さらなる活躍に期待している。

*1:KIRINJI『Steppin' Out』全曲解説 堀込高樹が語るポジティブなムードの背景 https://rollingstonejapan.com/articles/detail/39987